京都・晴明神社|陰陽師安倍晴明公をお祀りする神社~その神秘のパワースポット

「安倍晴明」平安時代の有名な陰陽師です。

平安時代の有名な陰陽師であった安倍晴明をお祀りした神社が京都の一条戻橋にある晴明神社です。

一条戻橋のたもとにあったと言われる安倍晴明の屋敷跡に鎮座しています。

1005年に安倍晴明が亡くなると、当時の天皇であった一条天皇は、安倍清明の遺業を賛えて、1007年(寛弘4年)に安倍晴明の屋敷跡に神社を創建したのが始まりと言われています。

 

伝説の陰陽師・安倍晴明とは?

安倍晴明は西暦920~1005年に実在した平安時代の陰陽師です。

921年(延喜21年)に摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)に生まれたとされています。また、生地については、奈良県桜井市安倍とする伝承もあります。

幼少の頃については確かな記録がないのですが、陰陽師賀茂忠行・保憲父子に陰陽道を学び、天文道を伝授されたといわれています。

948年(天暦2年)大舎人。960年(天徳4年)40歳で天文得業生(陰陽寮に所属し天文博士から天文道を学ぶ学生の職)だった晴明は村上天皇に占いを命ぜられており、出世は遅れていましたが占いの才能は既に貴族社会で認められていました。

50歳頃、天文博士に任ぜられます。貞元2年(977年)、保憲が没した頃から陰陽道内で頭角を現わし、陰陽寮を束ねる陰陽頭に就任することは無かったのですが、位階はその頭よりも上位にありました。

979年(天元2年)、59歳の晴明は当時の皇太子師貞親王(後の花山天皇)の命で那智山の天狗を封ずる儀式を行いました。

『小右記』によると、正暦4年(993年)2月、一条天皇が急な病に伏せった折、晴明が禊(みそぎ)を奉仕したところ、たちまち病は回復したため正五位上に叙されました。

また、『御堂関白記』によると、寛弘元年(1004年)7月には深刻な干魃が続いたため晴明に雨乞いの五龍祭を行わせたところ雨が降り、一条天皇は晴明の力によるものと認め被物(かずけもの)を与えたことなどが記されています。

晴明の2人の息子安倍吉昌と安倍吉平が天文博士や陰陽助に任ぜられるなど、安倍氏は晴明一代の間に師である忠行の賀茂氏と並ぶ陰陽道の家としての地位を確立した。引用;ウィキペディア)

当時の人々は怨霊や呪いを恐れていましたので、様々な儀式を行って人々の不安を取り除いたのが安倍晴明たち陰陽師でした。

安倍晴明は、朱雀天皇から村上、冷泉、円融、花山、一条まで6代もの天皇に仕えています。

当時の天文暦学から独特の“陰陽道”を確立させた偉大な陰陽師だったのですね。

最近では小説や映画で注目を浴びるようになり、映画「陰陽師」映像化されて人気の狂言師野村萬斎氏が安倍晴明を演じたり、フィギュアで羽生結弦氏がフリーの演目で安倍晴明に扮したことからも知名度が上がり人気になりましたね。

年々、全国各地から晴明神社に訪れる人が増えているそうですよ。

 

晴明神社のパワースポット

 

晴明神社は「魔除け・厄除け」の効果があります。

晴明公と言えば五芒星がですが、この五芒星は神社の各場所にあり、まさに晴明神社のトレードマークです。

五芒星は、陰陽道では魔除けの呪符として古くから伝わっています。
清明神社の神紋はこの五芒星で「晴明桔梗印」と呼ばれています。

陰陽道の基本概念と言われている陰陽五行説。陰陽五行の思想とは、自然界は木・火・土・金・水の5つの要素で成り立っているというものです。

この5つの要素が循環することによって万物が生成され自然界が構成されているという考えです。

この木・火・土・金・水の5つの元素の働きの相克を五芒星は表したものであり、五芒星はあらゆる魔除けの呪符とされ重宝されました。

晴明神社に行ったときにお守りや、ステッカーも五芒星の入ったものがたくさん売られていました。

私はこの五芒星が何となく神秘的な気がして好きなんです。

病気平癒のご利益がある晴明井

 

安倍晴明が念力により湧出させたという逸話が残っている井戸が、この晴明井です。この水を飲むと病気が治るという言い伝えがあります。

湧き出す水は現在でも飲むことができます。

有名な茶人の千利休が、お茶を入れる際にこの井戸の水を使用したことでも知られています。水が湧き出る方角は年ごとの恵方を向いているため、吉祥の水を得られるのが魅力です。

この井戸を待ち受け画面にすることで病気平癒のご利益にあやかれるという逸話から、写真撮影を楽しむ人の姿も多く見られます。

陰陽道は星を神としていました。中でも重要なのが北斗七星です。北極星を神格化した考え方は三世紀頃の中国で出来上がり、この影響を強く受けて成立した陰陽道ですから北斗七星は切り離すことは出来ないのです。

水の湧き出るところは、その歳の恵方を向いており、毎年立春の日になると水の出る向きを変えるそうです。吉祥の水が得られますね。

 

厄払桃

 

古代、中国また陰陽道では、桃は魔除け・厄除けの果物と考えられていました。『古事記』や『日本書紀』などでも魔物を追い払う様が描かれています。

昔話「桃太郎」も桃の霊力を物語で表現するものだと思われます。

日本の神話ではイザナギが黄泉の国から逃げ出す際、追いかけてきた醜女たちに投げつけた物の一つが桃です。なぜ桃を投げつけたのか、それが邪を払う、魔除けの意味があったからです。

また、奈良県纏向遺跡の発掘調査で桃が見つかりました。古代において桃は祭祀の供え物だったのではないかとの指摘もあります。

大量に見つかっていることからも、はるか古代には既に重要な意味を持っていたと考えられます。

誰にでも、自身の厄や、まがまがしいものがあります。それをこの桃を撫でれば、厄や邪悪なものが浄化されて清々しい気持ちになれると言われています。

 

一条戻り橋の式神の石像

 

 

参道横の林の中には「一条戻り橋」が再現されています。一条戻り橋とはかつて安倍晴明が式神を隠していた場所です。

ここにあるのは小さな橋ですが、欄干と橋桁は本物の一条戻り橋に使われていたものが再利用されています。

実際の場所は晴明神社から南に約100メートルの場所になります。現在は石の端にかけかえられています。

かつて実際に戻橋で使われていた欄干の親柱を使用し、昔の風情を再現した旧・一條戻橋の傍らには、式神の石像が置かれています。式神とは、陰陽師が使う精霊で、人の目には見えません。

使役する鬼を式神(しきがみ)といい、安倍晴明は家来として扱っていましたが、晴明の妻は式神の顔が怖いというので、普段は戻橋の下に住まわせたとか。

そして、式神を使って橋占(はしうら)を行っていたという言い伝えもあります。

ちなみに、一条戻り橋とはあの世からこの世へ戻ったという場所として「一条戻橋」という名前に名付け変えられたそうです。

平安期に活躍していた漢学者・三善清行(みよしきよつら)が亡くなり、彼を納めた棺がちょうど土御門橋を差し掛かった頃、清行の八男・浄蔵が駆けつけた。修行に出ていた浄蔵は父に別れを告げられなかったことを嘆き悲しみ、どうか息を吹き返して欲しいと願った。すると、その願いが届けられたのか、なんと清行があの世から息を吹き返した。

という逸話が残されています。

一の鳥居(いちのとりい)

 

額に掲げられた金色に輝く社紋「晴明桔梗」が特徴的です。

鳥居の額には、通常、神社名やお祀りしている神様の名前を掲げることが多いのですが、この鳥居には社紋が掲げられており、全国的にも珍しいといわれます。

「晴明桔梗」は、「五芒星」とも呼ばれ、晴明公が創られた陰陽道に用いられる祈祷呪符のひとつです。

 

晴明神社 みずかがみお守り

平安の昔から現代においても、日本人の生活に深くかかわっている陰陽道の考え方。その中で特に光を放っているのが大陰陽師であった安倍晴明です。

そして晴明神社は芸能人、スポーツ選手も多数参拝しており、その力にあやかろうとする人が今でも続々と参拝している場所です。

それだけ有名な場所ですからおみくじで吉凶を占い、ご利益たっぷりのお守りを忘れずに頂きましょう。

晴明神社には、数種類のお守りがあります。その一つが「みずかがみお守」です。陰陽道では黒色(水)の桔梗印を首からかけることで、集中力向上、災除けとします。


神社参拝で最も重要なのは、その神社に意識を向けることです。そう言った意味では、お守りは最も意識を向けやすいものだと思います。

カバンやスマホ、財布の中など、目の付きやすい場所に身につけておきます。
そして、参拝した時の空気感、その時に願った事、自分の誓い、目標などをお守りを見るたびに思い出し、方向修正を日々行っていきます。

神社がパワースポットと言われるのは、そこに天の気、地の気、人の気があるからです。特に晴明神社の場合は、天の気と人の気があります。

晴明神社の占い

晴明神社で占ってもらう占いが 本当に当たるのか当たらないのかが気になりますね。

晴明神社は「人生相談鑑定」平たく言えば“占い”でも有名で社務所の一室で宮司さんが先着順で鑑定をしていました。

姓名判断に定評のあった晴明神社ですが「人生相談鑑定」つまり縁談や仕事 商売関連の相談も多くされていました。

晴明神社の占い 山口喜堂宮司の占いは歯に衣着せぬ物言いが有名で辛辣なことをズバズバ言われて凹んで帰られた方も多かったということです。

痛いところを撞かれるというかあながち間違ってはいないことばかりと山口喜堂宮司のファンやリピーターも多かったようです。  

晴明神社の占いは平日のみで、平日でも都合でしていないこともあるので、事前に確認した方が良いです。占いの予約できません。

先着順なので控室で順番を待つのですが朝早く行っても もう並んでいる方がおられます。

晴明神社 五芒星

安倍晴明が呪符などに頻繁に用いた紋様。ギリシャ語ではペンタグラマと呼ばれ、西洋においても魔除けの印として広く知られています。 五つの頂点は陰陽道の基本となる五行を表し、それを結ぶことで万物の除災、清浄をもたらす霊的バリヤ(結界)を張ることができると言われています。

晴明神社へのアクセス

 

 

名称 晴明神社(セイメイジンジャ)
住所 〒602-8222 京都府京都市上京区堀川通一条上ル晴明町
 
交通アクセス (1)JR京都駅より市バス9系統西賀茂車庫前行20分、一条戻り橋より徒歩すぐ
営業期間

営業:9時~18時、占い9時~16時(月曜~土曜のみ※要問合せ)
その他:年中無休

料金 大人:入場料無料
その他:参拝無料、占い1件3000円~5000円
駐車場あり(有料)100円/20分10台

あり(有料)100円/20分 10台

マップ